車両と歩行者がともに通行し交差する際の、車両の譲歩優先義務が規定されている第38条について昭和35年の道路交通法施行時の条文からの変遷をまとめてみました。約45年ぶりに第38条が改正されるので道交法って全然変わってないと感じる方も多いと思いますが、交通の実情に合わせ、時代とともに条文が改正されていっているのを実感できると思います。
私はいちドライバーに過ぎませんが、横断歩道により道路を横断しようとしている者を絶対優先する派としての観点からの考察です。一行でまとめを先に書いておきますと、
道交法38条は一貫して、お互い通行する者同士の場合、道路を横断する者が優先です。
これだけは普遍の定義と考えれば、これから新基準対応電動キックボードが歩道通行モードで横断歩道により道路を横断していても、迷うことは少ないかなと思います。
このページの目次
昭和35年施行~
現行の道交法が施行されたのが昭和35年です。その最初の第38条はどうだったかと見てみますと、1.信号のある交差点、2.信号のない交差点のそれぞれにおいて、歩行者を保護するための条文となっています。
それとは別に第71条3号の運転者の遵守事項として、横断歩道を通行している歩行者の保護が規定されていました。
(私の考察部分はこの記事では、背景を緑色にしております。)
それもそのはず当時の交差点といえば、現代のように車両用・歩行者用の信号機と横断歩道が必ずといっていいほどセットで設置されているわけではなく、歩行者も車両もひとつの同じ信号機を見て通行してる場合も普通にあり、歩行者と車両が同じ信号を見ながら交差する車両右左折進行時に歩行者を保護しなくていけない義務が第一にくるわけですね。
そのつぎに信号のない場合は、さらに直進してくる車両も歩行者と交差しますから、道路を横断している歩行者を対象とすることで、あらゆる方向からくる車両が横断歩行者を保護しなくてはいけない義務となるわけですね。
横断歩道はその出自から、小学校や病院などの出入り口に向けて道路を渡らせるための横断帯から始まっているので、いわゆる一般道路にポツンと横断歩道がある場合もあるため38条とは別条になったと思われます。それにしても、泥はね注意と同じレベルの注意義務カテゴリーに分類されていたとは、いまとなってはびっくりですね。
自転車はというと、軽車両に自転車が含まれるという定義があるだけでしたので、38条においては自転車も車両等ということになり、歩行者を保護する義務がある側でしかなかったということです。
道路交通法(昭和35年施行)
(歩行者の保護)
第三十八条 車両等は、交通整理の行われている交差点で左折し、又は右折するときは、信号機の表示する信号又は警察官の手信号等に従つて道路を横断している歩行者の通行を妨げてはならない。
2 車両等は、交通整理の行われていない交差点又はその附近において歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。
(運転者の遵守事項)
第七十一条 車両等の運転者は、車両等を運転するときは、第六十四条から第六十六条まで及び前三条に定めるもののほか、次の各号に掲げる事項を守らなければならない。
一 ぬかるみ又は水たまりを通行するときは、泥よけ器をつけ、又は徐行する等して、泥土、汚水等を発散させて他人に迷惑を及ぼすことがないようにすること。
二 目が見えない者若しくは耳がきこえない者が白色に塗つたつえを携えて通行しているとき、又は監護者が付き添わない児童若しくは幼児が歩行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行又は歩行を妨げないようにすること。
三 歩行者が横断歩道を通行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行を妨げないようにすること。
四 (以下続く)
昭和38年改正~
昭和38年の道交法改正では、第71条3号の横断歩道での歩行者保護の規定がより厳しくなりました。
歩行者が「通行しているとき」から「横断し、または横断しようとしているとき」になり、さらに車両は「一時停止し、又は徐行して、その通行を妨げない~」から「一時停止し、かつ、その通行を妨げない~」に変わっています。現代でも続く表現に変わっています。
横断し始めてなければ、徐行さえしていれば、横断歩道だろうと自動車が優先だろうという運転者が多かったようですね。これではいつまでたっても歩行者は横断歩道で始めの一歩が踏み出せないということで、横断を始めようと近づいている者も保護対象に含め、横断しようとする歩行者がいたら一時停止せざるを得ないように厳しくしたということでしょう。
その代わり道路の左側部分(対向車側の部分は除く?)だけとなっているのは、厳しくしたぶん多少は緩くする部分も必要という、アメとムチということでしょうか。
道路交通法(昭和38年改正)
(歩行者の保護)
第三十八条 車両等は、交通整理の行われている交差点で左折し、又は右折するときは、信号機の表示する信号又は警察官の手信号等に従つて道路を横断している歩行者の通行を妨げてはならない。
2 車両等は、交通整理の行われていない交差点又はその附近において歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。
(運転者の遵守事項)
第七十一条 車両等の運転者は、車両等を運転するときは、第六十四条から第六十六条まで、前三条及び第八十五条第五項に定めるもののほか、次の各号に掲げる事項を守らなければならない。
一 ぬかるみ又は水たまりを通行するときは、泥よけ器をつけ、又は徐行する等して、泥土、汚水等を発散させて他人に迷惑を及ぼすことがないようにすること。
二 目が見えない者、耳がきこえない者若しくは第十四条第二項の規定に基づく政令で定める程度の身体の障害のある者が白色に塗つたつえを携えて通行しているとき、又は監護者が付き添わない児童若しくは幼児が歩行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行又は歩行を妨げないようにすること。
三 歩行者が横断歩道により道路の左側部分(当該道路が一方通行となつているときは、当該横断歩道)を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにすること。
四 (以下続く)
昭和42年改正~
昭和42年の道交法改正では、いままで38条の交差点での(歩行者の優先)、71条での横断歩道での歩行者の優先と別れていたのを、38条に統合し、(横断歩道における歩行者の優先)と改正されました。
この頃には、信号のある交差点には横断歩道があるでしょうというくらい道路整備が進んできたということでしょう。交通の実情により近くなるように、法が整合性を合わせてきたという感じでしょうか。
道路交通法(昭和42年改正)
(横断歩道における歩行者の優先)
第三十八条 車両等は、歩行者が横断歩道により道路の左側部分(当該道路が一方通行となつているときは、当該横断歩道)を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
2 車両等は、交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない。
3 車両等は、交通整理の行われていない横断歩道及びその手前の側端から前に三十メートル以内の道路の部分においては、第三十条第三号の規定に該当する場合のほか、その前方を進行している他の車両等(軽車両を除く。)の側方を通過してその前方に出てはならない。
昭和46年改正~
昭和46年の道交法改正では、横断歩道に接近する場合に、停止することができるような速度で進行しなければいけない規定が追加されました。
横断歩道に接近する場合の減速義務を追加したということですね。38条制定時にあった徐行とは違い、停止することができるような速度で進行という表現になったのは、以前同条にあった徐行とは違うんだという経緯もあるのでしょうね。
横断歩道が急にあらわれても車は急には止まれないよ。急ブレーキで一時停止したら追突されそうだから進んだだけよ。という現代でも同じこと言っているドライバーがいますが、50年前にすでにそれは通用しない対策がされていたということですね。
自転車は、この前年(昭和45年)に2輪の自転車は歩道を通行してよい区間が認められましたが、種類の定義としては軽車両に含まれるでしかないままだったので、38条においては引き続き車両等側でしかなかったということです。たとえ交通の実情として2輪の自転車が歩道を走っていようが、横断歩道により道路を横断するときは自転車を降りて歩行者になりましょう。という教えが今のシニア層に根強く残っているというわけです。
道路交通法(昭和46年改正)
(横断歩道における歩行者の優先)
第三十八条 車両等は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際に当該横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
2 車両等は、横断歩道(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道による歩行者の横断が禁止されているものを除く。次項において同じ。)又はその手前の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、その前方に出る前に一時停止しなければならない。
3 車両等は、横断歩道及びその手前の側端から前に三十メートル以内の道路の部分においては、第三十条第三号の規定に該当する場合のほか、その前方を進行している他の車両等(軽車両を除く。)の側方を通過してその前方に出てはならない。
昭和53年改正~
昭和53年の道交法改正では、38条においては自転車横断帯の新設により、横断歩道を横断歩道等(横断歩道または自転車横断帯)、歩行者を歩行者等(歩行者または自転車)と変更されました。
自転車は、軽車両のうちの自転車と道交法で初めて定義されるようになり、おもに2輪だけで荷車を引いていない普通自転車の通行方法の特例として歩道通行してよい特例が新設されました。それに伴い、歩行者にとっての横断歩道と同じ意味合いの、自転車にとっての自転車横断帯が新設されました。
38条はそれに合わせて、横断歩道等、歩行者等という表記に改正されたということですね。改正当時は全国の旧基準の横断歩道が、横断歩道と自転車横断帯(補助標識でいうところの407-3)に書き換わっていくのには時間がかかりますから、このような条文内で並列した記述になったようです。
それから40年経った現代では、昭和53年から書き換わってない旧基準横断歩道が残っているとは考えられず、むしろ歩道から歩道へ直接つながる自転車横断帯が原則撤去されるようになった交通の実情を考えれば、現行基準により設置された横断歩道によって道路を横断するのは、これらの者ということですね。
- いわゆる歩行者
- 身体障害者用の車椅子又は歩行補助車等を通行させている者
- いわゆるバイク、原付バイク、2輪の自転車を押して歩いている者
- 横断歩道により道路を横断しようとしている自転車
道路交通法(昭和53年改正)
(横断歩道等における歩行者等の優先)
第三十八条 車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
2 車両等は、横断歩道等(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道等による歩行者等の横断が禁止されているものを除く。次項において同じ。)又はその手前の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、その前方に出る前に一時停止しなければならない。
3 車両等は、横断歩道等及びその手前の側端から前に三十メートル以内の道路の部分においては、第三十条第三号の規定に該当する場合のほか、その前方を進行している他の車両等(軽車両を除く。)の側方を通過してその前方に出てはならない。
令和?年改正~
最後に、今後改正が予定されている38条についても少し触れておきます。改正条文案はすでに可決されたようですが、まだ公布日はわからないですし、新規設置された分類の詳細がわからないので、軽く触れるだけにしておきます。
38条の文条上の変更は、第3項の(軽車両を除く。)が(特定小型原動機付自転車等を除く。)に変わったでけす。
38条1項の歩行者等(歩行者または自転車)は変更がないですが、その歩行者の定義が変わりましたので、横断歩道によって道路を横断するのは、これらの者ということですね。
- いわゆる歩行者
- 身体障害者用の車椅子又は歩行補助車等を通行させている者
- いわゆるバイク、原付バイク、2輪の自転車を押して歩いている者
- 横断歩道により道路を横断しようとしている自転車
- 移動用小型車、遠隔操作型小型車、小児用の車を通行させている者(新設)
これからは横断歩道により道路を横断しようとする者が一気に増えるので、車両運転者はより一層、横断歩道を通過する際にはいつでも止まれる速度まで減速する必要性が増したということだけは言えそうですね。
道路交通法(昭和53年改正)
(横断歩道等における歩行者等の優先)
第三十八条 車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
2 車両等は、横断歩道等(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道等による歩行者等の横断が禁止されているものを除く。次項において同じ。)又はその手前の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、その前方に出る前に一時停止しなければならない。
3 車両等は、横断歩道等及びその手前の側端から前に三十メートル以内の道路の部分においては、第三十条第三号の規定に該当する場合のほか、その前方を進行している他の車両等(特定小型原動機付自転車等を除く。)の側方を通過してその前方に出てはならない。
参考文献:
- 道路交通法 – e-Gov法令検索
- 国立公文書館デジタルアーカイブ-道路交通法(昭和35年公布)
- 注釈道路交通法(初版)1966
- 逐条道路交通法 1987
- 注解道路交通法 第5版 2020
道路交通法38ℹ︎第二文の停止義務は、過失によって横断しようとする者の認識を欠いた場合でも適用がありますか。故意犯処罰の減速からいえば過失の場合は適用がないのではないかと思います。
例えば、横断歩道の脇に立っているだけで、横断歩道を横断する意思があるかないかわからないときも同じですか?
警察庁交通局長の通達によれば、横断歩道を横断する意思があるかないかわからないときは、通過車両は一時停止し、横断歩道を横断するかどうか確認してから進むようにということらしいですよ。
https://youtu.be/VjHqhG42_qM